数多くの職業におけるジェンダーギャップが取り払われている近年でも、未だに男女比率が大きく偏る業種がいくつか存在しています。
当サイトが取り扱う建設業においても、女性就労者の割合は他業種に比べて非常に少ないといえるでしょう。
国土交通省をはじめとする各公的機関が支援をしているため以前より増加傾向にあるものの、女性の建設業定着がさらにスピード感をもって進むためには何が必要なのか。
今回は、建設業での女性の活躍推進を支援する縁エキスパート株式会社の大辻さんに、女性の建設業定着における課題やメリット・デメリットについてリアルなご意見をいただきました。
目次
【大前提】建設現場における女性の割合は少ない
トントン—2015年の国土交通省による調査(1,500社ほどを対象)によると、建設現場における女性の割合は全体で13.0%であり、技術者では 4.5%、技能者では4.2%となっております。年々増えているようなのですが、実態としてこの数値感はいかがでしょうか?
大辻様—そうですね。女性の割合としては5%ほどとなっており、実務の中での肌感覚としても一致していると思います。弊社の場合は業態特性ゆえに女性の建設業就労者が周りに多くいますが、世間一般的にはまだまだ少ないですよね。
トントン—現場に出る施工管理職と、CADオペや事務職といったデスクワークですと、デスクワークの方が多い認識なのですがいかがでしょうか?
大辻様—当社の人員で例えると、建設業における事務職・CAD関係といったデスクワークに携わる女性の人員が69名います。(2024年2月時点)
うち、施工管理職として現場に出ている人員が19名ほどなので、内訳として施工管理職は全体の30%ほどですね。その他がデスクワーク寄りだと考えると、やはり割合としては多いかと思います。
- 女性の割合は以前より増えているものの、全体では13.0%ほどでやはり少ない
- 13.0%の内訳として、事務職やCADオペなどのデスクワークが7割ほどを占めている
なぜ増えない?建設現場における女性特有の課題とは
建設業における女性特有の課題として、よく言われるものは以下の4点。
- トイレや更衣室の問題
- 生理痛などの女性特有の身体的問題との相性の悪さ
- 作業着などの男性向け規格の問題
- 男性過多によるセクハラ問題
トントン—こちらについて、現場目線でのご意見としてはいかがでしょうか?
大辻様—以前より状況も変化しているため、実情に当てはまらないものもありますね。
これらよりむしろ、男性中心の環境に適応することが女性にとって一番の課題だといえます。大まかにあげると以下の点です。
- 女性が男性と同等の体力や耐久力を持たないこと
- 厳しい気象条件や特殊な作業環題などに対する適応能力
- 夜間や週末に働くケースもあるため不規則な勤務時間への耐性
- ワークライフバランスの調整が厳しいという理解
女性用トイレや更衣室の問題は解消されつつある
大辻様—大手ゼネコンなどが手掛ける大きな工事現場においては、女性のためのパウダールームや休憩室が完備されており問題ない状態です。
一方で数日で終わる舗装工事や水道復旧工事などは、当然ながら仮設の事務所などもありません。
更衣室もないので作業着で直接現場に出向いて、昼食や休憩は社用車の中で済ませて、トイレは近隣のコンビニなどで借りる…といった動きになります。
トントン—不便な面は環境によってありつつも、手が付けられないほど深刻化はしていないというイメージですね。
大辻様—そうですね。様々な環境下で、女性の現場社員は知恵を絞って上手く問題を解消しています。
そもそも全ての現場で実現することは難しい点であるため、この部分を深刻にとらえてしまう女性は現場で難しいと判断しています。
施工管理の仕事を探してきている方は、そういった点も理解して覚悟を持っていることが多いので、そんなに大きな課題感ではないかなと思います。
生理痛よりも暑さ対策・寒さ対策に苦労することが多い
大辻様—建設業といえど一般職と同様に、あまり深刻ではない認識ですね。
言わないで我慢する女性も一定いるとは思いますが、体調が悪い場合は休憩も取れるため問題ないかと思います。
とくに、弊社を含め生理休暇を会社規約に含めた企業もなかにはあるため、休みをとることは問題無い状況です。
現場に多い仮設トイレを使うのが嫌な場合も、近隣の施設などでトイレを借りるなど上手くやりくりしています。
女性特有の身体的問題ということであれば、入社一年目に暑さ寒さが厳しく体力維持に苦戦することのほうが多いです。
鉄板が敷き詰められている建設現場は夏になると暑さ対策・日焼け対策が欠かせません。また女性の場合は体感温度差によって男性よりも寒がりなので、冬の寒さ対策も重要になります。
二年目以降は体も慣れて経験もある、からかそれも工夫して解消していますね。
現在では女性用の作業着も増えている
大辻様—以前は男性規格が多かったですが、最近は女性用の作業着も増えています。
もちろん種類や取り扱い店舗が豊富にあるというわけではないため、男性用を着る場合にウエストで合わせるとお尻が入らないというケースは少なくないです。
上着の場合は問題ないのですが、ズボンについてはもう少しユニセックスにする必要はあるかもしれないですね。
トントン—ほぼ解消されつつも、多少改善の余地は残っているということですね。そういった業界特有の規格変更となると結構大がかりかと思うのですが、改善するためにはどういった要素が必要でしょうか?
大辻様—女性用を多く取り扱ってもお金にならないというのが問題なので、建設業における女性の割合を増やす=母数を多くすることが必要になるかと思います。なので、母数拡大によって自然に解消される部分ですね。
セクハラ問題は周囲の理解不足であることも多い
トントン—男性過多の職場であり、現場に集まる工務店・工事会社ごとのハラスメント防止対策にも不透明さがある建設業では、セクハラ問題に懸念があるというのをよく耳にするのですが、実態は異なりますか?
大辻様—受け取った側がどう感じるかであるため、どこの現場でも一切ないということはないと思います。
ただセクハラ問題が横行しているということはなく、働いている女性の周囲にいる人の理解不足によって情報が広がっている印象です。
大辻様—たとえば質問いただいたように、建設業といえば男性過多であるというイメージがありますよね?実際その通りなのですが、男性が多いことによって「女性が働いていて大丈夫?」という心配を周囲の人が抱きます。
弊社と関わりがある協力業者の方も心配するほどですので、女性の知人友人や家族もきっと心配しているのだと思います。
そのような積み重なった心配の声を受けて、女性本人が色々と気にしすぎて仕事が嫌になってしまうケースも少なくありません。
建設業全体が女性を受け入れようと改革を続けていますし、対策も進んでいる状況です。
トントン—実際のところ、他の職業と大きく変わらないということですね?
大辻様—そうですね、むしろ建設業の場合は女性が珍しいという点を逆手にとって、うまく立ち回っていることが多いように見受けられます。
親子ほど年齢が離れた職人さんに対してフレンドリーに物事を聞いていたり、休憩中にジュースをご馳走になっていたりと、コミュニケーションが取りやすそうです。
もちろん、女性もそういった状況を喜んでいます。
女性に限らない建設業界全体の課題も
大辻様—また、女性特有ではないのですが、建設業界全体における課題も女性が定着しないことの一因として挙げられます。
たとえば建設業と同じモノづくりである「製造業」。共通の業態であるはずの製造業の現場では、ライン作業の中に女性従業員の姿を多く見ますね。
双方で女性の定着に差がある原因は、それぞれの働き方にあります
建設業では一つの現場が終わったら次の現場に移って、その現場が終わったらまた次の現場に…といった渡り鳥のような動きをします。
女性の場合は家庭を守らなければいけない、家にいなければいけないといった状況をプライベートで強いられるケースも多々あり、場所を転々とする動き方に不安定さを感じて業界への定着が進まないということもあるでしょう。
よって弊社では、できる限り固定の場所で働けるような現場配属も女性目線では重要かと考えて取り組んでいます。
大辻様—また、昔ながらの慣習が多く残っている建設業においては、「男性は外に出て稼ぐ」「女性は家庭に入る」といった意識も多くの人の根底にまだあるように感じます。
働く本人が柔軟な意思を持っていても、業界全体でそういった意識が浸透していることで、女性の長期就労が実現しづらい部分もあるかと…
トントン—現場によって設備環境などの改革が進んでいるという反面、業界特有の働き方や価値観といった点に大きな課題が残っているのですね。
工期の事情による繁忙期・閑散期の差も改善すべき
大辻様—働き方と同様に、柔軟な労働条件への変化も必要だと考えています。
全ての建設現場には決まった工期・工程があって、それを基に繁忙期・閑散期ができあがります。
繁忙期には毎日残業が発生して週休2日も実現できないケースも多々あり、年間で均して割に合わないということが往々にしてあるでしょう。
実現が難しいことは理解していますが、フレキシブル・週休二日制は絶対に建設業でも取り入れるべきで、年間休日は120日以上だと思います。
トントン—残業時間や休日出勤が多い仕事は、それだけでも定着しづらいですよね。現場が終わるごとのリフレッシュ休暇という制度を設けていても、実際取得できないパターンもあるかと思いますので…
大辻様—根本は年間の工事発注時期や工事開始時期が重なってしまうことであるため、役所の考え方から変えるべきだと思い市会議員にも相談をしています。
工事現場における昔と今の変化について
女性の建設業就労者はまだ少ないものの以前より増えており、その要因として工事現場における様々な変化が挙げられます。
女性の定着推進に寄与する変化について、いくつか挙げていただきました。
先進の技術が導入され作業効率が向上している
大辻様—これまで現場監督1人で対応していたことが、ツールやシステムを用いて分業化しやすくなったことにより、アウトソーシングしやすくなりました。
それによって、場所を選ばず取り組みやすい作業も増えたことにより、女性が活躍するための幅が広がったと感じております。
たとえば、突発的な図面修正などは今まで通り現場監督自らが作業していますが、定常業務についてはアウトソーシングをすることが多くなりました。
ペーパーレス化の動きも相まって、施工管理という仕事における業務量が圧縮されている状況だと思います。
このまま進めば残業時間の削減や、恒常的な定時帰宅も実現しやすくなるため、より女性が働きやすい環境になるのではないでしょうか。
工務業務における専門のチームが発足
大辻様—今まで書類作成を含む工務の業務は、手が空いている人や慣れている人が対応するケースが多々ありました。
しかし現在、各建設会社が書類作成における専門のチームを作る動き方をしています。
そこに就労する人が増えることで、現場に出る施工管理職の負担がさらに軽減されます。
またそういった場があれば、建設業における女性の活躍もさらに推進されると思います
建設業界における意識の変化
大辻様—数年前まで、トンネル現場には女性が出入りしてはいけないというルールがあったのをご存知ですか?山の神様は女性だから、現場に女性が入ると焼きもちをやいて事故がおきるといわれていたそうです。
冗談のような慣習なんですけど、発注者であっても女性は立ち入りできないことが本当にあったのです。
今はトンネル現場にも女性社員が配属されるようになっているのですが、理由はやはり建設業全体で女性の活躍を認めるようになったためだと思います。
「建設業といえば男性」というイメージが撤廃されつつあり、男女不問の職業になっているように感じています。
安全基準が厳格になり労働者の安全への配慮が強化、労働災害の発生率低下
大辻様—2022年のフルハーネス着用義務化を境に、安全意識がより高まったように感じています。
もちろん安全意識に男女の差は無いのですが、フルハーネスの特別教育などの機会が増えたことで、誰しもが安全管理について確実に学べるようになったのは良い流れだと思いますね。
それによって墜落をはじめとする労働災害の発生率低下に繋がり、非常に良い流れになっています。
建設現場で女性が働くメリットは「細部に気が利くこと」
大辻様—女性の特徴として、まず勤勉であることが挙げられます。
男性と比較してキャリアプランやライフプランをしっかり構築し、仕事において自分が何ができるかを証明するための努力を惜しまない人が多いです。
そのため、真面目に実務や資格の勉強に取り組むことが多いように感じます。
トントン—業務やスキルアップに対して意欲的というのは、企業からしたら間違いないメリットですね。
大辻様—加えて、女性は細部に気が利くことも特徴的です。
現場に慣れた人や男性目線で意識しない点の安全管理について、新しく来た女性就労者が気付いて指摘することも少なくありません。
実際に現場の安全確保について、女性目線での新たな気付きを得たいという思いから、女性の就労者を現場に入れたいとの相談を受けることもあります。
企業に対して多様な視点やスキルセットをもたらして、チームの多様性を向上させることが期待できるという点がメリットです。
企業のイメージアップにも寄与する
大辻様—また女性の参加は、企業イメージの向上や地域との良好な関係構築にも寄与すると考えています。
たとえば建設会社のCMは、女性を使う事が多いですよね。おそらく多くの企業が、女性の方が大衆に受け入れられやすいという意識からそのようにしているはずです。
それと同様に、地元近隣への工事PRには女性が説明することで穏やかに話が進むというケースも多々あります。
女性が建設業界で成功することは、他の女性にとってもインスピレーションとなって、将来的には業界の性別平等にも繋がるのではないでしょうか。
デメリットは「受け入れ態勢が整っていないこと」
大辻様—建設業界から見て、女性が働くことでデメリットになることはほぼありません。
ただ女性から見た場合に、業界全体に受け入れ態勢が整っていないことが挙げられます。
建設業界はまだ女性の扱いに慣れておらず、力のある男性がやることを前提とした作業なども多々残っています。
たとえば測量で丁張りをかけるとき、杭を大ハンマーで打ち込む作業が必要になるのですが、大ハンマーを何度も振り下ろすというのは男性でも疲れるため女性がこなすのは難しいものです。
女性の場合、そういった作業の遂行はやはり難しいのが実情としてあります。
そのような場面に遭遇した際になにか対応を考えなければならない…というのは、女性から見た場合はもちろん。業界目線でも多少のデメリットかもしれません。
女性の建設現場での活躍について印象的なエピソード
大辻様—弊社には、施工管理に従事する59歳の女性がいます。
7年前に入社したときまでCADオペレーターとして長年勤めていたのですが、入社後に施工管理職に転向して今では一級土木施工管理技士補、コンクリート技士の資格も取得し日々ネクスコの発注者業務に携わっています。
弊社のなかでも女性最高齢であり、新しいことを始めるには年齢的な難しさもあるかと考えていたのですが、そういった意識がすっかり覆りました。
女性に限った話ではないものの、年齢に関わらずやる気がある人はここまでできるんだと…
その女性のお話をして、「私もやってみよう」と新たなスキルを身につけた結果、企業から雇ってもらえたという人もいます。
トントン—そういったモデルケースがあることは、たしかに他の女性の方々にとっても良い刺激になりますね。
女性が働きやすい環境づくりのためにどういった改善が必要か
大辻様—建設業界では「年間休日105日」といった条件の企業もまだ多いですが、世間一般でみると「年間休日120日以上」の企業も多くあります。
昔よりそういった求人情報の比較もしやすい世の中なので、建設業界の多忙さが余計浮き彫りになっている状況です。
その条件面を改善することが、ライフプランを重視する女性就労者の増加に繋がると思います。
また、途中にお話した工務専門のチームなどが増えてくれば、産休や育休明けの女性が今度はそちらに異動する、未経験で就いたもののリタイアした人がそちらで働くといった動きができます。
建設業界から完全に抜けないで済む、居続けて復帰しやすい環境を用意するといった点は、建設業界がまだ進んでいない部分でしょう。
そういった環境整備こそ、女性就労者を増やすためには重要だと考えております。
トントン—ありがとうございました!