
「構造設計一級建築士」は、一級建築士の上位資格であり、構造設計分野の国内最高峰の資格です。
一定規模以上の建築物の構造設計については、必ず高度な専門能力を必要とする構造設計一級建築士の関与が必要であり、建築を通じた経済活動において非常に重要な人材です。
構造設計一級建築士は、平成17年に世間を賑わせた「耐震偽装問題」を受けて創設された、比較的新しい制度です。
耐震偽装は、建設費のコストダウンを優先して構造計算書のデータを改ざんするという非常に悪質な手口でした。耐震強度が不足し、大地震の際には倒壊する可能性があり多くの人命を危険にさらしかねない建物が建設されてしまいました。
その反省を踏まえ、現在は構造設計一級建築士による厳正な構造設計および設計審査が要求されています。
今回は、構造設計一級建築士の業務範囲と資格取得の方法、年収および転職市場でのニーズについて解説します。
構造設計の分野でキャリアアップを目指す方には大変有益な情報ですので、ぜひ最後までお読みください。
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目次
構造設計一級建築士とは?

構造一級建築士とは、設計業務のなかで建物の構造に関する分野のエキスパートであり、一定規模以上の建築物の構造設計には必ず関与が必要となる、独占業務範囲のある国家資格です。
逆に言うと、構造設計一級建築士の関与が無いと建築確認申請が下りず、建築そのものが不可能になるという大変重要な資格です。
構造設計一級建築士の独占業務
下記の建築物の構造設計については、構造設計一級建築士自ら設計を行うか、構造設計一級建築士による構造計算適合性判定(※1)が必要です。
1. 高さ60メートル超の建築物
2. 高さ60メートル以下の建築物で以下に該当するもの
- 木造の建築物(高さ13メートル超または軒高さ9メートル超)
- 鉄筋コンクリート造の建築物(高さ20メートル超)
- 鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物(高さ20メートル超)
- 鉄骨造の建築物(4階建て以上、高さ13メートル超または軒高9メートル超)
- 組積造の建築物(4階建て以上)
- 補強コンクリートブロック造の建築物(4階建て以上)
- その他国土交通大臣が指定したもの
※1 構造計算適合性判定
構造設計一級建築士の制度と同時に導入されたもので、構造図面と構造計算書の整合を第三者機関がチェックするものです。一定規模(前項の②が該当)以上の建築物もしくは保有水平耐力計算・限界耐力計算(ルート3の構造計算:構造部材を経済設計できる)を実施した建築物は、建築確認申請の審査が終了するまでに適合通知を取得し提出する必要があります。
構造設計一級建築士の年収はどれくらい?

転職市場において構造設計一級建築士として想定される年収について調査しました。
「建築技術者」の年収
厚生労働省の令和3年賃金構造基本統計調査によりますと、一級建築士が該当する「建築技術者」の平均年収は約700万円になります(従業員1000人以上の企業の場合)。
全産業平均の年収が500万円弱ですので、ベースが高収入の部類に入ります。
「建築技術者」(一般) | 参考 | ||
従業員10人以上の企業 | 従業員1000人以上の企業 | 全産業合計 | |
年収 | 5,861.5千円 | 6,993.7千円 | 4,893.1千円 |
平均年齢 | 42.6歳 | 42.1歳 | 43.4歳 |
平均勤続年数 | 12.5年 | 14.4年 | 12.3年 |
月間所定内実労働時間数 | 170時間 | 165時間 | 165時間 |
月間超過実労働時間数 | 17時間 | 24時間 | 11時間 |
年間賞与額 | 1,138.3千円 | 1575.7千円 | 875.5千円 |
構造設計一級建築士の年収
構造設計一級建築士は、前述の「建築技術者」の中でも最上位クラスの難関資格です。その存在に希少価値があり、更なる高収入が望めます。
構造設計事務所を開設し独立開業することも可能ですが、個人事務所では作業量に限界があり大規模物件を扱うことは難しいため、企業勤務を選択し活躍する構造設計一級建築士の割合が多くなります。
転職市場においては、構造設計一級建築士には下記のニーズが想定されます。
1.ゼネコンや組織設計事務所などの民間企業勤務での構造設計および設計監理業務
2. 指定確認検査機関や指定構造計算適合性判定機関での建築設計の審査業務
これらは、一般募集求人は少なく、転職エージェントを介しての転職およびヘッドハンティングが多くなります。
希少資格であることと、構造設計の分野で建築士の高齢化が進んでいることもあり、引き合いは多数あるでしょう。企業によっては手厚い技術資格手当も期待できて、1000万を超える年収が狙える案件も存在します。
特に1のゼネコンや組織設計事務所の場合は、その企業規模と勤務地により年収に大きく差が付きます。スーパーゼネコンや大手組織設計事務所で勤務地が三大都市圏であれば、相場よりも高い収入が得られるでしょう。
希少資格の強みを十分に発揮するためには、相手への売り込み方が大切です。
転職活動をする際には、キャリアコンサルタントによるサポートを利用することをおすすめします。相手企業のニーズを汲み取り、自らの価値を高める職務経歴書の描き方などの客観的なアドバイスを得られます。
構造設計一級建築士になるためには?

全国の一級建築士登録者数は371,184名で、そのうち構造設計一級建築士の登録者数は10,153名です。(※令和2年時点)
一級建築士の中でも、たった2.7%しか登録されていない希少な資格である構造設計一級建築士になるためのルートについて解説します。
構造設計一級建築士の受験資格
構造設計一級建築士として登録されるためには「構造設計一級建築士講習(登録講習)」を受講し修了考査に合格する必要があります。
登録講習の受講資格は、一級建築士として5年以上構造設計の業務に従事していることです。「構造設計の業務」として認められるのは下記の業務になります。
- 構造設計の業務
- 確認審査等の業務(建築物の構造に関するものに限る)
- 構造計算適合性判定
- 確認審査等の補助業務(建築物の構造に関するものに限る)
- 構造計算適合性判定の補助業務
- 工事監理の業務(建築物の構造に関するものに限る)
- 平成25年9月30日までに従事していた構造設計の補助業務・工事監理の補助業務
※平成25年10月1日以降の補助業務は実務経験として認められず、厳格化されています。
構造設計一級建築士の登録講習と試験
構造設計一級建築士の登録講習は、例年6月中旬頃に受講申し込みを行い、9月上旬から下旬にかけて2日間に渡って講義が実施され、11月上旬に修了考査が実施されます。
登録講習の申込は、過去の修了考査合否により申込区分Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの3つに分かれます。
申込区分 | 受講資格 | 受講区分 |
Ⅰ | 一級建築士資格のみ保有 | 全科目受講 |
Ⅱ | 過去2年の修了考査において「構造設計」に合格している | 法適合確認のみ受講 |
Ⅲ | 過去2年の修了考査において「法適合確認」に合格している | 構造設計のみ受講 |
講義は全国7会場(札幌市・仙台市・東京都・名古屋市・大阪府・広島市・福岡市)での受講が基本ですが、オンデマンド配信による講義動画の視聴を選択することも可能です。
修了考査は必ず会場受験となり、11月上旬に1日で記述式による試験が実施されます。修了考査の合格発表は、年明けの1月下旬となります。
講義の内容
〈法適合確認〉
・構造関係法令
・法適合確認
〈構造設計〉
・構造設計総論
・構造設計の基礎
・耐震診断
・耐震補強
・構造設計各論
修了考査の内容
〈法適合確認〉
・構造関係規定に関する科目
理由記述付き 4 肢択一式 10問
記述式問題 3問
〈構造設計〉
・建築物の構造に関する科目
理由記述付き 4 肢択一式 10問
記述式問題 3問
修了考査は登録講習で学習した範囲から課題が出され、講習テキストや指定の構造基準解説書の持ち込みおよび参照が可能です。
試験対策として資格専門学校の講座を受講するという選択肢もありますが、過去問題集等を活用した独学が基本となるでしょう。
ここまでの内容を下表にまとめました。
内容 | 申込区分 | |||
Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | ||
講義 | 構造関係規定に関する科目 | 〇 | 〇 | 免除 |
建築物の構造に関する科目(その1) | 〇 | 免除 | 〇 | |
建築物の構造に関する科目(その2) | 〇 | 免除 | 〇 | |
建築物の構造に関する科目(その3) | 〇 | 免除 | 〇 | |
修了考査 | 法適合確認 | 〇 | 〇 | 免除 |
構造設計 | 〇 | 免除 | 〇 |
構造設計一級建築士の難易度
令和3年度の構造設計一級建築士講習は、実受験者数676人のうち202人が修了考査に合格しました。
合格率は29.9%ですが、そもそもの受講資格のハードルが高く、その中での3割程度の合格率ですので、非常に難易度の高い希少資格と言えます。
事実、申込区分Ⅱ・Ⅲでの合格者数が相当数含まれていることを考えると、2〜3年掛かりでようやく合格する人も多く存在します。
【構造設計一級建築士講習の受講者数と修了者数】
申込区分 | 令和元年度 | 令和2年度 | 令和3年度 | |||
実受講者数 | 修了率 | 実受講者数 | 修了率 | 実受講者数 | 修了率 | |
修了者数 | 修了者数 | 修了者数 | ||||
申込区分Ⅰ | 602 | 24.30% | 593 | 28.70% | 535 | 25.00% |
122 | 170 | 134 | ||||
申込区分Ⅱ | 46 | 34.80% | 86 | 59.30% | 80 | 45.00% |
33 | 51 | 36 | ||||
申込区分Ⅲ | 121 | 43.80% | 111 | 57.70% | 61 | 52.50% |
59 | 64 | 32 | ||||
合計 | 771 | 28.10% | 790 | 36.10% | 676 | 29.90% |
216 | 285 | 202 |
参照:公益社団法人建築技術教育普及センター 構造設計一級建築士講習データ
建築構造の設計・監理に関する資格のまとめ
構造設計および工事監理に関する資格には、下記の4つがあります。
- 構造設計一級建築士
- 一級建築士
- 二級建築士
- 木造建築士
それぞれに許されている業務範囲についてまとめると、下記のようになります。
資格名称 | 一級建築士 | 二級建築士 | 木造建築士 | 資格なしで可能 |
設計・工事監理可能範囲 | 全ての建築物が可能 ※ただし、下記の場合は構造設計一級建築士の関与が必要 | 下記の制限あり | 下記の制限あり | 下記の制限あり |
高さ60メートル超の建築物 | 高さが13m以内かつ軒の高さが9m以内 | 高さが13m以内かつ軒の高さが9m以内 | 高さが13m以内かつ軒の高さが9m以内 | |
高さ60メートル以下の建築物で以下に該当するもの | 鉄筋コンクリート造、鉄骨造等で延べ面積が300㎡以内 | 鉄筋コンクリート造、鉄骨造等で延べ面積が30㎡以内 | 鉄筋コンクリート造、鉄骨造等で延べ面積が30㎡以内 | |
木造の建築物(高さ13メートル超または軒高さ9メートル超) | 一般の平屋建ての木造建築物全て | 二階建て以下の木造建築物で延べ面積が300㎡以内 | 二階建て以下の木造建築物で延べ面積が100㎡以内 | |
鉄筋コンクリート造の建築物(高さ20メートル超) | 一般の二階建て以上の木造建築物で延べ面積が1000㎡以内 | |||
鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物(高さ20メートル超) | ||||
鉄骨造の建築物(4階建て以上、高さ13メートル超または軒高9メートル超) | ||||
組積造の建築物(4階建て以上) | ||||
補強コンクリートブロック造の建築物(4階建て以上) | ||||
その他国土交通大臣が指定したもの |
これらの国家資格とは別に、一般社団法人 日本建築構造技術者協会(略称JSCA)が認証する「JSCA建築構造士」の資格があります。
JSCA建築構造士は「構造設計一級建築士の中でも特に建築構造の全般について、的確な判断を下すことの出来る技術者」として位置付けられ、構造計画の立案から構造の設計図書までを統括し工事監理まで責任を持って行うものです。
構造設計一級建築士の求人状況
設備設計一級建築士は、設計や工事監理においては一定規模以上の大規模建築物に関与義務があり、設計審査する側の構造計算適合性判定員としての需要も大きいことから、転職市場においては大きなニーズがあります。
参考に、令和4年8月の厚生労働省の調査では「建築・土木・測量技術者」が5.61倍となっています。全職業合計で1.32倍ですので、その数値の高さが際立っています。
「建築技術者」の中でも限られた特殊な技能を有しますので、転職の際には多くの企業の中から選択できる状況にあります。
参照:政府統計 一般職業紹介状況(職業安定業務統計)
構造設計一級建築士の将来性

構造計算適合性判定制度の導入により、新築の建築物の構造に関しては構造計算の厳格化と施工品質の向上に一定の成果を挙げています。
しかし既存不適格建築物(建築当時には適法であったが現在の法規準に照らし合わせると不適合となるもの)の耐震調査や構造補強は、民間の建築物でまだまだ進んでいません。
大規模災害の際には主要幹線道路沿いのビル等が倒壊し、消防や救急車両が通行不可能になるなど被害の拡大をもたらす恐れもあります。
構造設計一級建築士か関与すべき業務が増えている
高度成長期には必要であった建物スクラップ&ビルトの時代が終わり、環境負荷の低減の面からも既存建物ストックのリノベーション(改修)やコンバージョン(用途変更)のニーズが高まっています。
構造設計一級建築士には、間取りの変更にも対応できる構造補強設計など、技術的側面からの関与が求められるようになっていきます。
木構造の分野での技術革新も顕著です。CLT(直行集成板)構造等の新技術の開発や公共建築物の木造化、木構造の耐火規制緩和など、大規模木造建築の拡大が促進されています。
こういった先端的な木構造を扱える設計技術者が不足しており、新規参入の余地が多くあります。
2025年以降に構造設計業務の需要が急増する
2025年より小規模建築物の構造計算を免除する、いわゆる「四号特例」の対象範囲が縮小される予定です。これにより構造計算を必要とする建物が一気に増加しますので、構造設計業務そのものの需要が急増します。
構造設計一級建築士には、適正な構造設計および構造計算手法を促し建築物の耐震性能を確保するための指導的な役割が期待されるところです。
世代交代を迎えるため若手の構造設計一級建築士が活躍
また、国土交通省の調査によると、建築士事務所に所属している建築士は50代以上が全体の60%を超えています。少子高齢化も進んでおり一級建築士の大量引退の時代を迎えるため、現在30〜40代の建築士は、今後ますます重宝されるようになるでしょう。
まとめ
ここまで構造設計一級建築士について、その仕事内容と資格取得の方法、転職市場での求人状況および想定される年収などを解説してきました。
今後30年以内にマグニチュード8〜9クラスの大地震が70〜80%の確率で発生すると言われる南海トラフ地震など、大規模災害に対する備えとして建築物の耐震性能の確保が急務です。
その中で構造設計一級建築士が果たしていく役割は非常に大きいものがあります。今後ますます社会から必要とされる資格であり、転職市場においても高ポジションでの案件が多く存在します。
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